- 2011-12-07 13:46 by ぴのこ
- コラム ( キムチのチとチゲのチ Ⅱ ) , 食べる ( 鍋・スープ )
キムチのチとチゲのチ Ⅱ
【釜山「食堂・屋台メニュー」全24食】
11月8日 昼食 ソルロンタン
(文・写真 大野金繁)
この日、海は鈍色にうねり、水平線は鈍色を集めた黒い帯のように彼方にあった。窓に雨の雫が走りはじめたのは海峡の真ん中あたりだろう、しだいに天気は荒れ模様って感じで、ときおり起こる大きな縦揺れで船底に波の衝突音が響くと、小さな悲鳴が呼応。その後、妙に船内が静まり返る。いいなあ、緊張感のある船旅も。3時間たって五六島が姿を現すと心底ホッとするもんな。で、小降りになった雨の中を、JR九州高速船が運行するジェットフォイル「ビートル」号は、まるで釜山の発展ぶりを見せつけるかのように、湾岸に向かって速度を落とすのであった。
両替をすませて釜山国際旅客船ターミナルを出ると、庇の先に釜山駅行きの直行バスが停まっていた。料金箱に900ウォンと書かれているが、なぜか1000ウォンを投入するよう指示され乗車。数人の客を乗せたバスは中央大路に出ることなく右折し路地へ。裏道を行くらしい。バスが。
運転手はおばちゃんで、おばちゃんは店の軒先で客と立ち話をするように客のおばちゃんと親しげな会話を交しつつ、路肩に出現する雑多な障害物を巧みに避ける。これは無理だろ、という無法な駐車車両が進行を阻む場面でさえ、いささかの躊躇も見せずすり抜け、なんなく釜山駅にバスを着けた。すげぇ。
駅前広場南端に東横インと並んで建つ一級ホテル「アリランホテル」にチェックイン。すぐにカメラバッグを肩にかけ、広場を通って地下鉄駅に降り、新平(シンピョン)行き電車に乗り込む。とたんに、半島の匂いに包まれる。トウガラシの粉塵が充満しているかのような、のどに辛い匂いで、濃すぎてかえって気づかないのか、たぶんニンニク臭を含む。明日には同じ成分が私に取り憑き、1週間のうちに体内に棲み着くであろう。博多港に帰り着いてタクシーに乗り込む、本当はしかめたい顔に素知らぬ表情を保ったまま運転手が行き先を訊ねる、そのときの微妙な空気感を、この匂いははやくも予測させる。
2駅先の南浦(ナムポ)から地下商街を札嘎其(チャガルチ)方面へ歩き、繁華街南浦洞の路地に出る。午前10時博多港発のビートルだったため、まだ昼食をとっておらず、ちょうど通りかかった「ソウルカクトゥギ」に入った。あいかわらずこの店は目立つ。いい立地なのだ。
店の看板メニューはソルロンタンやコムタンといった牛スープ料理。私、かつてソルロンタンとコムタンの違いを取材で訊ねたことがある。その際の通訳とのやりとりは、こんな感じだった。
「同じように見えるけど、どこが違うの?」
「ソルロンタンは牛の骨と内臓でスープをとります。一方、コムタンは牛の骨と内臓でスープをとるのです」
店主の言葉をそう訳しつつ、日本語を勉強中のアルバイト学生は困ったような笑みを浮かべていた。その顔を見ながら、そもそもがあいまいなんじゃないか、と思ったものだ。
〈名前が違う以上、調理の違いや素材の違いはあるし、食べ分けもできるけど、そこはかなり微妙で、新参者が実感できるようなものじゃない〉
と私なりに意訳し、結果、ソルロンタンとコムタンの違いを聞かなかったことにした。そういう思い出のある店だ。
ということで、どっちでもいいのだが、ソルロンタンを注文。いまや福岡の韓国料理店でもお馴染みのメニューであり、珍しくもなんともないが、こういう骨や内臓を炊きだすスープ料理は、やはり専門店の独擅場。白いスープに肉がたっぷり入り、底にご飯が沈み、素麺が浮いている。だからといって、これをソルロンタンの特徴として報告することは間違いで、ご飯が別に出る店もあるし、素麺が入らない店もある。「ウチはこうである」と「ソルロンタンはこうである」をたやすく混同するのが旅行者で、実は取材者も同じ。真実を把握するには言葉の壁があるし、韓国の場合は「あなたがそう判断し、そう信じるなら、私たちはそれでいい」という親切心も加わる。私もそうだが、多くの外国人は、半島の表層をぷかぷか浮かんで旅しているにすぎない。
ソルロンタンについて言えることは、牛スープであり、そのスープに味は付いておらず、塩と胡椒を用い客自ら味付けすること、カクトゥギ(大根キムチ)が付くのが定番、くらいだろうか。
店の特徴としては、店名に冠するくらいだからカクトゥギに自信があるに違いなく、それが他店よりやや大きめに切られている、ってとこかな。
このテの店としては店内が格段にきれいで、広い。壁面がガラス張りのため通りから中の様子がよくわかり、安心感がある。それもあって市内各所に散見する同名のソルロンタン専門店の、ここが「本店」かと思うのだが、実情は違うらしく、それらは支店でもチェーン店でもフランチャイズでもなく、それぞれが勝手に「ソウルカクトゥギ」を名乗っているということだ。こういうアバウトさも韓国社会の持ち味だ。
ソルロンタン/8000ウォン
店名/ソウルカクトゥギ
地域/南浦洞